「待ち」から「攻め」へ。
次の時代の飲食を語る

ひつじアンダーグラウンド

森保 宏

「待ち」から「攻め」へ。
次の時代の飲食を語る

異国情緒あふれる、神戸・北野。通称“ピンクストリート”にあるフランス惣菜店『Cuisine Passe Partout(キュイジーヌ パスパートゥ)』では、朝からワインを楽しむ人を目にすることもある。

街の景色を明るく変えているシェフの吉川さんをこの日訪れたのは、羊肉の普及に情熱を注ぐ『ひつじアンダーグラウンド』の店長・森保。

食文化に携わる二人が、飲食のこれからを語った。

飲食の扉を叩いたきっかけ

ひつじアンダーグラウンドでのイベントのほか、神戸の飲食店でコロナ禍に結成された「神戸ラーメン研究会」などで以前から交流のあった二人。普段はあまり話さないこんなテーマから、対談はスタートした。

森保:ずっと聞いてみたかったんですけど、吉川さんが飲食の道に進まれたきっかけってなんやったんですか?

吉川さん:小学校低学年ぐらいのときかな。夏休みとか冬休みになると九州のおばあちゃんの家で過ごしてたんですけど、「手伝わせて」と言ったら雑炊を教えてくれたんです。

カツオと昆布で出汁をとって味付けをして卵でとじるんですけど、なんかそれがおもしろくてずっと作ってたんですよ。これが始まりやと思います。

森保:そうなんですね。僕は大学時代に友だちに料理をふるまうと喜んでもらえたのが嬉しくて。料理にはその場を和ませたり明るくできる力があると目覚めて、そこから飲食の道がスタートしました。

吉川さん:でも高校卒業後、ほんまはボクシングをやろうと思ってたんです。親には「とりあえず学校に行け」と言われて専門学校に行くことにしたんですけど、料理は好きでも勉強は好きじゃなくて。学校はあんま楽しくなかったですね(笑)

なんと専門学校卒業後は、ムエタイのためにタイに渡った吉川さん。「タイでは料理なんて一切しませんでした(笑)」

森保:そこからフランス料理の道には、どうやってつながるんですか?

吉川さん:かなり偶然なんです。当時結婚を機に職を探していて、就職したのが神戸にある『Le Restaurant Marronier』というお店でした。

フランス料理はシステムや作り方、道具までめちゃくちゃ合理的で、やっていくうちに夢中になりました。自分には一番似合わへんと思ってたジャンルやったんですけどね。

鍋やナイフといった調理器具にも、用途に合わせてさまざまな種類があるフランス料理。「ずっと料理を続けてきて、やっと自分の口で使い方を説明できるようになってきたかな」

森保:フランス料理ってすごく複雑なイメージ。緻密に組み立てられている感覚が僕には新鮮で、お店でちょっと洗練された一品を出せないかな?と考えるときに頭に浮かぶんです。なので「こういう料理を作りたいけどどうやって作るんやろ」と迷ったときには、吉川さんに教えてもらってます。

吉川さん:僕が好きなのは郷土料理なんですけど、たぶんヒロさん(森保)がひつじアンダーグラウンドで出したいのは古典料理なんじゃないですかね。郷土料理とパリで花開いた宮廷料理の違いがあって、それもまたおもしろいんですよ。

変化の時代を生き抜くのは「考える力」

森保:僕も吉川さんもずっと飲食の世界にいますけど、なにか変化って感じますか?フレンチでは料理のトレンドみたいなものもあるんですかね。

吉川さん:ファッションの世界みたいに、流行りがサイクルしてるような感覚ですね。調理器具が進化すれば質も変化するとは思うけど、それはあくまで表現が変わるだけなんじゃないかなと。僕の視点では基本的には変わってないと思います。

森保:なるほど。逆に変わったなと感じる点を違う視点で言うと、やっぱり飲食店の選択肢は圧倒的に増えましたし、変化しましたよね。雰囲気だけじゃなくて、〇〇専門店みたいなジャンルもたくさん増えましたし。

吉川さん:あ、ひつじアンダーグラウンド…。

森保:あ、うちもそうですね(笑)

僕はやっぱりこれまでほかのお店づくりにも関わってきたこともあって、そういう時代の変化みたいなものを感じています。

あとは、飲食業界で働く若い世代の子たちも変わったなって。昔は技を盗む時代で、今みたいに丁寧に教わることはなかったと思うんですよね。

吉川さん:そうそう。なんていうか、もっと長い時間をかけて学ばないとアカンことを「早く教えてくれ」って求めてるような。でも、いや違うやろ?と。まずは一回我慢してがんばってみよか、と思うんですよ(笑)

森保:わかります(笑)

森保:ホリエモンが「寿司屋に修業は不要」みたいなことを言ってたじゃないですか? わかる部分もあるけど、やっぱり時間は必要だと思うんですよ。

いまは仕事中にメモを必死にとらずともスマホ一つで動画をパッと撮って記録を残せますよね。でも長い目で見たときに、その子が一人前になったときの“天井”を低くさせているような気もするんです。

吉川さん:たとえば、肉をロゼに焼き上げることができたら「もう自分は肉が焼ける」と思い込んじゃう人っているんです。その一方で、肉を触らせてもらえるまでに何年もかかった人間って、とにかく飢えてる。

だから精神的な話になりますが、同じ肉を焼くという行為であっても思考の深さが前者とは全く違う。そういう人は、どんな場所でどんな肉を焼いてもちゃんと焼けるようになるんです。でも焼けると“思い込んでる”やつは、できない言い訳をしよるんですよ(笑)

森保:そうですね。自分で考えることをやめずに掴んだ力があるからこそ、AIの世の中でも生き残っていけるのかなと。

吉川さん:はい。“教えてもらったことだけ”“写真を撮っただけ”じゃ、自分で考えてない。

やっぱり苦労してきたやつらって、自分の頭で死ぬほど考えてるんですよね。それが柔軟さを生むし、本人の進化にもつながると思うんですよ。

生産者とお客さまを結ぶのは飲食店

吉川さん:僕は飲食店をしていていいなと思うのは、いろんなお客さまとフラットな関係でいられることだなと。ヒロさんはどうですか?

森保:どんな人とでもテーブルを介してコミュニケーションできるような、人との出会いの場になっていることが楽しいです。あとは、お客さまの感情をダイレクトに感じられるのは醍醐味ですよね。

吉川さん:そういった意味でも、飲食店って対等やなと思うんですよね。一生懸命いい食材を手に入れて、おいしい料理にして食べて喜んでもらうのは当たり前。そこにリスペクトを持って食べていただきたいなという想いがあるので、共感できない方には食べていただかなくてもいいとすら思います。

森保:特に僕は羊飼いさんとのつながりも深いですし、生産者さんのことを考えます。生産者の方は手塩にかけて育てた羊がどんなふうにお店で扱われて、どんな顔でお客さまに食べてもらっているか見ることができません。一番近くで見ることができるのは、やっぱり僕ら飲食店なんですよね。

吉川さん:はい。生産者の方とお客さまの距離は、僕らがつなげていきたいですよね。

吉川さんが作ってくれた、羊肉の煮込み料理・ナヴァラン。塩を打つだけ濃厚な旨みが跳ね返ってくるというほど、肉の味わいが濃い。

「生きている間に、何ができるだろう?」

森保:飲食業界の新しい価値の提供の仕方って、別に店舗だけじゃなくていいと思うんですよ。

たとえばバスツアーかなんかで生産者さんの元へ行って、料理を作らせていただいてみんなで食べるというパッケージツアー。場所が遠くても金額が高くても、行きたいという人を引き込めたらいいなと思って。いつか形にしたいです。

吉川さん:僕は、ぜひ自力で来てほしいですね。そこも含めてパッケージなんで、その不便さごと売りたいです。いくら遠くても、一人5万円という価格をつけても、僕らがその価値観をいかに育てられるかにかかってますよね。

そういった食に対する価値観やリスペクトは、やっぱり日本よりもヨーロッパの方が高いなと感じます。

森保:確かに。モン・サン・ミッシェル湾周辺で育つプレ・サレという世界的ブランドのラムも、国が大切に保護していますもんね。

吉川さん:そうですね。フランス人は、食文化にたぶんめちゃくちゃプライドを持ってると思います。

森保:吉川さんがすでにされている「畑のBBQ」も含めて、考えにすごく共感します。

ちなみに秋ごろに、羊一頭丸焼きのBBQをしたいと構想中なんです。やっぱりまずは自分たちがこれまでの価値観を破って、場所を問わずに価値を見出せるようなものを作っていきたいですね。

吉川さん:結局、僕らはここを拠点にもっといろんなところへ出て行かなあかんと思うんですよ。お店を構えるって、お客さまを待つ行為じゃないですか。自分が生きてる間に何ができるんやろう?と考えたとき、待ってるだけじゃたぶんもう間に合わへんなと思います。

店名のPasse Partoutは、日本語で“どこでも通る”といった意味。場所を選ばずにどんなところでも料理をしたい、という吉川さんの想いが込められている。「どこで料理をしても圧倒的な違いを見せるのがプロでしょ」

森保:僕も同じ考えです。自分が死ぬまでに、どこまで日本で羊肉を訴求できるのか?爪痕を残せるのか?といつも考えています。分野は違えど、根底にある食への想いに共通点を見つけられて嬉しいです。

水面に投げた石が次々と波紋を広げていくように、二人の言葉は未来の景色を描いていく。

Cuisine Passe Partout
神戸市中央区中山手通2-20-21
9:00〜19:00(土日のみ10:00〜21:00)
日曜+月2回不定休
https://www.instagram.com/cuisinepassepartout

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