AIの時代に、
食で“体験”を仕掛けていく
AIが進化し、あらゆるものが一瞬にして消費されていく時代。それでも、食べるという行為はどこまでも人間的。五感と感情を揺さぶる“体験”の余地が、まだまだ残されているのではないだろうか。
『ひつじアンダーグラウンド』の店長・森保の挑戦は、食で心を動かすという原点回帰だ。

青空の下で、羊一頭丸焼きBBQ
SNSでは毎日のように話題のグルメが生まれ、消えていく。流行は瞬く間に拡散され、次のトレンドに上書きされていく。
おいしいだけでは、なかなか心に残らない時代。
だからこそ森保は、食べるという行為を記憶に残る“体験”に昇華することで、いつの間にか羊肉が牛・豚・鶏に並ぶ、当たり前のテーブルミートになればと考えている。
「飲食店は、究極のエンターテイメントやと思うんです」
そんな言葉を具現化したのが、10月に開催した“羊一頭丸焼きBBQ”。
大阪の人気店『スタンド メリーサンノソバージュ』『炭火串焼ウシラム』とタッグを組んだプライベートイベントで、淀川の河川敷になんと約50名もの羊好きが集まった。
大迫力の丸焼きと、それぞれの店が持ち寄った羊料理がずらりと並ぶBBQ。
肉が焼けていくまでの過程、立ち上る炎や香りが、五感を刺激する。



「改善点はもちろんありましたが、お客さんが羊を囲んで楽しんでいる姿を直接見て、やって良かったなと素直に思えました」
日常の中に、仕掛けの種をいつも探している
BBQのような店外でのアクションに限らず、森保は常に“体験価値をどう高めるか”を考えている。

「飲食業って、参入障壁が低いんですよ。だから競合相手がめちゃくちゃ多い。いきなり現れた店が意外とウケたりしますしね。真面目に取り組んでいても埋没してしまうのは、この時代よくあること。“どうしてこの仕事をやっているのか?”“世の中にどう魅力的に発信していくのか?”。ここを見失うと一気に置いてけぼりになってしまう。だから常に、人や世の中の動きを大切にしています」
ただ店を回すだけでは終わらない。日常のあらゆる場面で、次の仕掛けのヒントを拾い、形にしようとしている。

積極的にあらゆる食を体験することはもちろん、隙間時間を見つけて情報収集をするのも日課だ。
「いろんな分野の番組をYouTubeで観るのも好きですね。周りには海外のコンサル案件をやっている人もいるから、そういった情報から新しい視点や刺激をもらうことも。飲食と直接関係がなさそうでも、ヒントになることって意外と多いんです」
これからの競合相手は、エンタメ業?
「やっぱり、AIで世の中が劇的に変わっているじゃないですか。人の行動もそう。飲食店の競合相手は、もう飲食店だけじゃない。エンタメ業になってくると思うんです」
デリバリーサービスやコンビニの中食。動画配信サービスやゲーム、推し活、SNS。
外食という行動そのものが、別の娯楽にどんどん置き換えられている現実がある。
「それで満たされてしまったら、僕らの存在意義って無くなってしまう。ここ数年の行動変容は脅威でもあるし、期待もある。複雑な思いで捉えています」

指先一つで欲しい刺激が手に入る時代。家のソファにいながら、映画もライブ映像も、おいしいごはんさえも完結する。
そうした便利さが加速する一方で、そこでしか味わえない時間の濃度”は、より価値を持つようになってきている。
人がその場所に身を置くことで感じる没入感や、背景を知ることで深まる追体験の価値は、むしろこれから高まっていくのかもしれない。
おいしい料理を出すより先の“体験の設計”をどう作るか。森保が考えているのは、まさにその部分だ。
記憶に残る食には物語がある
人気のある店には、物語があるのではないだろうか。
「どこで育った食材なのか」「どんな人が作っているのか」。そういう背景を知ると、ただ食べるだけじゃなく、自分もその世界に参加しているように感じられる。
でも、物語を説明するだけでは心には深く残らない。
国産羊の流通量はわずか1%という希少性があって、育て方にも人の想いにも深いストーリーがあるが、大事なのは、お客さん自身が「自分はいま、この物語の一部なんだ」と思える瞬間。
その入り口をどう作るかがテーマだ。
「お客さまが物語の登場人物になれるような“舞台”を作れたらといいなと考えています」。これが、次に目指したい食体験の仕掛けだ。

働くとは「傍(はた)を楽にする」という語源があるといわれている。
食を通じて周りの人を楽にしたり、幸せにしたり、少しでも貢献すること。飲食店という箱の枠を超えて働く姿からは、そんな仕事の本質が伝わってくる。

