「誰かの帰る場所を作りたい」
大衆酒場に魅了された
新店長の挑戦

天麩羅ノ稲妻

大津 厳

「誰かの帰る場所を作りたい」
大衆酒場に魅了された
新店長の挑戦

この日、トアウエストは活気に満ちていた。

27店舗の飲食店が集う飲み歩きイベント「VAMOSトアウエスト」が開催され、明るいうちから夜中まで、まるでお祭りのような光景だった。

雑踏のなか、会う人会う人に頭を深く下げて挨拶をしていたのは、約2ヶ月前に『天麩羅ノ稲妻』の店長になったばかりの大津 厳(いつき)。

新店長の彼が目指しているのは、料理人ならぬ“酒場人”。その言葉が意味するものは?

新店長、神戸の街を歩く

「あっという間に売り切れました。もう少し数を用意すればよかったな」

イベント用に用意していた有頭海老の天ぷら150皿が、15時には完売。この日初めてお店に来てくれた人の姿も多く、いつも以上に店内は賑わっていた。

参加者のお客さまはもちろん、他店舗のスタッフとも和やかに言葉を交わす大津。「トアウエストは居心地がいいです。ここで働く前にいた学芸大学の街にも、なんとなく似た雰囲気がありますね」。

店長就任後初となるイベントは、ひとまず成功。

別スタッフに店番をバトンタッチして、大津のこれまでとこれからの話を、街を歩きながら聞いてみることにした。

トアウエストの人気セレクトショップ『トレビナグレンファーム』の店主(左)とバッタリ

旅するような半生と酒場への憧れ

生まれは東大阪。兵庫・篠山で育ち、中学3年生の夏に仙台へ引っ越した。

高校の調理科を卒業後は東京へ。大正創業の老舗料亭で修業後は創作和食屋で働き、ワーホリでカナダへ。昼は焼鳥屋の串打ち、夜はペルー料理のレストランでアルバイト。

帰国後は西麻布の懐石料理で再び腕を磨くが、コロナ禍に突入。東京から離れた実働部隊として、三重県で農業の手伝いをしながら生産者をめぐった。そして学芸大学の街で、大食酒場の扉を叩く。

神戸へやって来るまでの履歴をザッと羅列しただけでも、彼の人生が一つの場所に留まるものではなかったことがよくわかる。

「母はジュエリーデザイナーで、父は器屋。母が料理上手だったので、自然と自分も好きになっていったように思います」

母が作ってくれた結婚指輪

祖父は絵描きで、自身も小さな頃から絵を描くのが好きだという。そんなクリエイティブな家系に生まれたからか、何かを作る仕事にはずっと興味があった。

「中3で仙台に引っ越したけど、どうにかして関西に戻りたかったんです。当時『高校生レストラン』というドラマのモデルにもなった三重県の高校を見つけて、おかんに『ここに行きたい!』ってプレゼンしたんです。そしたら翌日、家から30分くらいのところにある調理科がある高校をおかんが見つけてきて。これは引っ込みがつかへんな…と思い(笑)、進学しました」

そこから大津の飲食人生が幕を開けるわけだが、終始一貫していたのが「大衆酒場で働きたい」という想い。

料亭や割烹で実力を磨きながらも、ずっと夢見てきた場所は酒場。その理由を聞いてみることにした。

「最近どやねん」。渋くてかっこいい、師匠の存在

「酒場って、お客さんとの距離がめっちゃ対等なんですよ。誰もかしこまっていないし、全員が自然体。そんな場所を作りたいと思い始めた原点にあるのが、親父が器を卸していた田舎の小料理屋。小さい頃から親父が連れて行ってくれた、思い出深い店なんです」

VAMOSトアウエストの主催メンバー・ジョンさんの店でもある『ウラオレギョ』にて、お客さんとしてもイベントに参加
これぞ酒場!な賑やかな空間で、絶品餃子に舌鼓

修業時代は、帰省するたびにその店を手伝いに行くようになっていたという。

「営業が落ち着いたら大将がイスを持ってきて、タバコに火をつけるんです。普段は無口な人なんですけど、『いっちゃん、最近どやねん』って気にかけてくれるんですよ。僕はそれがめっちゃ好きで。就職するときにも『これは餞別や』って、昔使っていたという錆びた包丁をくれました(笑)。優しくて渋い、かっこいい大将なんですよ」

大津いわく、その大将が最初の師匠であり目標。その後も修業先で師に出会い、自分が進むべき道を照らしてもらうことになる。

料理人じゃなく、“酒場人”を目指したい

最初の修業先では、周囲は料亭の2代目や3代目ばかり。「僕が勉強のために大衆酒場に行っていたら、『もっといいところへ行け』と言われていました。でも、そりゃそうっすよ。大衆酒場を目指していること自体が、その世界では異端やったんです」

自分のことを料理人と名乗ることにピンときていなかったという大津。懐石料理の店で働いていたときには挫折も味わい、このまま料理人として進むべきか悩んでいたという。

そんなとき、前職である大衆居酒屋の師匠の一言が、人生の道筋となった。

「営業が終わってから二人でお酒を飲んでいたときに、『俺たちは“酒場人”なんだよ』と言ってくれたんです。そうか、それでいいんだ、と。最前線で新しいものを作り出すのは料理人に任せて、僕は僕の道を歩こうと思えたんですよね。僕は師匠だと思っていますと伝えると、『友だちだよ』と笑ってくれました」

「困ったとき、『師匠ならどうするだろう?』と想像します」。大津にとっての大切な人は、いつも酒場にいる

誰かの帰る場所を作るために

もともと神戸に住んでいた妻の出産を機に、東京から拠点を移した。系列店の『路地裏スタンド アベック』などいくつかの酒場を候補にしていたが、「酒場が好きならきっと活躍してくれると思う」と社長に言われてイナズマグループへ。

「うちの会社は、それぞれの店長がしっかり自立しているんです。リーダーズミーティングではそれぞれが報告書を作って意見をもらうんですけど、同い年の別の店長からは先日ズバッと厳しい指摘をもらいました。最初はグサッとくるけど、より良くするために全員が全力で向き合っているからこそですよね。僕がお店を引っ張っていかないと」

おひとりさまの女性やビジネスマンなど、ふらりと立ち寄る人が集う天麩羅ノ稲妻。その中心にいるのが、誰よりも酒場を愛する店長・大津だ。

「自分の子ども世代が地元を離れて、戻ってきたときにホッとできる場所を作りたい。だから僕は、酒場人としてこの先もずっと続けていくことが大事なんだと思います。いま、初めて点と点がつながった気がします」

誰かにとっての帰る場所であるために。酒場人として、そして新人店長として、この店をどう育てていくのか楽しみだ。

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