料理とお酒
ペアリングの本質とは、
目の前の相手を想うこと
この人にお任せしたい。そう思える瞬間に、人生で何度か出会う。
言葉にならない感覚まで汲み取ってもらえたとき。自分でも気づかなかった心の扉を開けてもらえたとき。
気づけば人は、目の前の誰かに気持ちを委ねている。
飲食店でも、きっと同じだ。たとえばペアリングは、料理とお酒の単純な相性だけじゃないはず。
その先にいるのは、いつも人なのだから。
そもそも、ペアリングって?
焼き鳥屋『Timeless』でひそかに開催された、ペアリングを考える会。店長の増永と系列店で働く田中のほかに、ソムリエ資格を持つ田中の師匠でもある、三宮のワインバー『Crayeres(クレイエール)』のソムリエ・大森 誠さんも駆けつけてくれた。

「ときどき大森さんのお店に行って、『どうやってペアリングを組み立てているんですか?』といった話をするんですよね」と切り出した増永。
Timelessでは好きなお酒を自由に楽しむお客さまももちろんいるが、「次の料理に合わせて何かおすすめを選んでください」とのオーダーも少なくないんだとか。


「みんながおいしいと思う組み合わせって、実はめちゃくちゃ難しい。そんなペアリングは無いと大ちゃん(増永)にも話したんです。僕が重視しているのは、お酒と料理というより、お酒と人のペアリングですね」

もちろんミスマッチな組み合わせは決して選ばないが、人それぞれに必ずある“好み”のベースに寄せた提案をするという。
「濃いワインが好きな人に、酸っぱいワインを出してもテンションが下がりますよね。でもそんなパターンは意外と多くて、お店側が完全に料理との相性しか見てないからなんです。僕はそれが苦手だから、お客さまの好みをベースに考えるようにしています」
たとえば普段好んで飲んでいるお酒を尋ねるなど、まずは目の前のお客さまのことを知ること。
「マニュアル通りではないやり取りの方がTimelessっぽいですね。この料理にはこれを合わせて飲んで欲しいというスタイルのお店もいいけど、僕の性格的にもしっかり会話しながら好みを探っていく方が向いてます」と増永も頷く。
ペアリングから考える、信頼関係の話
そもそもだが、飲食とは本来自由で楽しいもの。好きに楽しむのが一番だ。
とはいえ、お店を訪れるのはお酒に詳しくない人もいれば、いつもはビールだけどワインを飲んでみたい、なんて人もいる。
さまざまな背景を持つお客さまがいるなかで、いかに好みを的確に引き出せるかは腕の見せどころ。


お客さまの好みに合わせて提案する。そのセッションが心地よいものであればあるほど喜んでもらえるし信頼関係が生まれるが、「それが一番大事で難しいところなんですよ」と大森さん。
そこさえクリアできれば、ちょっとチャレンジングな提案もできる。お客さまにとっても、新たな扉が開く体験になるはず。
もはや味わいのペアリングという枠を超えて心と心でつながることもできるのだから、なんとも奥深い。

3人でアツく語りながらも、焼き鳥とワインのペアリングはしっかり進行中。


田中が持ち寄ったのは、糖度高めのシュペトレーゼ(遅摘みのブドウ)。「塩気のある焼き鳥に合わせてみたくて」





自分の心が動かないのに、相手の心は動かせない
ペアリングのお酒を提案する場合、引き出しの数や手札が多ければ多いほどいい。それは飲食に関する知識はもちろんのこと、いかに心を豊かにするかが大切だという。
たとえば、神社仏閣をめぐってみたり、歴史ある建物やアート、映画に触れてみたり。「自分の心が動かへんのに、どうやってお客さんの心を動かすん?」と田中は話す。

年齢や経験を重ねるとどうしても先の一手を予想できてしまうこともある。それをいい意味で裏切れるような斬新な提案には、心の柔軟性が欠かせない。
飲食って、誰かの人生の記憶に残る仕事だ
ペアリングを切り口にしながらも、飲食店の本質に迫るような深い話に展開したこの日。多くの経験をしてきた3人に、改めてこの仕事の魅力を聞いてみることにした。

「自分の持っているものをすべて総動員してお客さまに楽しんでいただくのが僕の仕事。今日のペアリングの話では信頼関係の話がありましたけど、それほど近い距離で関わることができるのはやっぱり幸せだなと改めて感じましたね。たくさんの『ありがとう』をこんなにダイレクトにいただける嬉しさは、飲食人生でずっと変わりません」

「僕は自分が誰かの人生の一部になれる喜びが大きいかな。実は僕自身も25年くらいずっと通っていた憧れのマスターがいて。その方は最近お亡くなりになってしまったんですけど、やっぱり人生の一部なんですよね。誰かの人生の記憶に深く入り込める仕事って、なんか改めてすごいなって思うんです」

「20代の頃は自分でやるということに集中してた。だけど30代になってチームで働くようになったとき、スタッフの成長が楽しくなったんよ。40代のいまも、生きがいをめっちゃ感じてる。『なんか最近めっちゃ仕事おもろいっすわ』って言ってる若い子たちを見ると、もうゾクゾクするぐらいうれしいんよね(笑)」
料理とお酒のペアリングも、飲食という仕事そのものも、最後に心に残るのは人の温度だった。
食という根源的な喜びを委ねてもらい、共有できるこの仕事のおもしろさは、きっと色褪せることがない。

