テンチョーは船長だ。
二人の船は、どこへ行く?
立ち飲み『路地裏スタンド アベック』の店長・恒光楓菜と、ベーカリーカフェ『blank パンとコーヒーとワイン』の店長・中川美香。目まぐるしく賑やかな酒場と、余白を大切にしたカフェという業態。それぞれの店と同じように、彼女たちの個性も対照的だ。
二人が会えば、まずは「最近どう?」。プライベートでは、高知にある恒光の実家に泊まるほど仲がいい。
店が船なら、店長はその舵取り役。「自分で行き先を決めるって、どんな気持ち?」。その答えを、互いにリスペクトし合う二人の看板店長の言葉から探ってみた。
キーワードは“地元愛”と“決断力”
高知県出身の恒光と、兵庫県の真ん中・多可町出身の中川(通称:トムソン)。地元を離れて神戸にやって来た二人には、意外なストーリーがあった。
中川:大学進学後は京都に住んでいました。テレビ局の小道具の会社に勤めていたんですけど、ある程度やり切って満足しちゃって(笑)。地元では夜遅くまでやってるお店がないから、「こっちで飲食店やってよ〜」という友人の言葉に乗せられて、勉強のために神戸の飲食店の扉を叩いたんですが、挫折。そんなときにたまたま目に入ったのが、アベックのインスタに写ってた、当時大学生の楓菜。“なんか楽しそうに働いてんなぁ〜”と思い(笑)、私もアベックで働くことになったんです。

恒光:私は大学のときに神戸に来て、系列店をいくつか経験してからアベックでバイトをしていました。地元が大好きやから卒業後は高知に戻る選択肢一択。でも、料理もできて店の看板だった前の店長が卒業することになったので、社内では「この先のアベックをどうしよう?」という話に。そんな様子を見ながら自分の将来を考えた結果、決まっていた就職先を断って、大学4年の秋ごろに「神戸でアベックに残ろう」と決めたんです。


中川:同じく、私もblankがオープンする前に地元に帰ろうと思ってて(笑)。社長から「カフェを新しく作るんやけど、トムソンやってみーへん?」と声をかけけられて、もう少しこの世界で揉まれてみようかなと決意しました。
恒光:私も飲食店が大好きだったからこそ、「アベック続けてみたら?」という社長の言葉に背中を押された感じ。一緒に働いてきたトムソンもいるし、ちょっとした安心感もあって。大学を卒業する少し前に店長になって、今年で3年目になります。
似てないようで、根っこは一緒?
アベックでは切磋琢磨していた二人。今では9人のスタッフをまとめる若き店長になった。「地元の友人にはいないタイプ」、そう言いながらもお互いを心地のいい存在だと感じている。
中川:第一印象はめっちゃテキパキした仕事ができる子!って感じでした。
恒光:私からみたトムソンは、穏やかで落ち着いた、“気遣いのできる優しい人”っていうイメージでしたね。

中川:でも、お互いに成長したのかも。最初、楓菜は隣の人にも負けん気を発揮するような尖った人だったけど(笑)、今はチームのことを考えられる、いい意味での負けず嫌いになったというか。
恒光:確かに。学生の頃は自分が負けたくないという気持ちだったけど、店長になってからは人として・店として成長したいという視点に変わったのかも。
中川:でも、いつも楓菜を見ていると人との輪の広げ方が上手で羨ましいなと思うなぁ。
恒光:逆に私は、お客さまが心地よく過ごせるトムソンの接し方や言葉選びは唯一無二だなと。それがblankの空間やメニューにも滲み出ていると思います。
中川:私は内にエネルギーを込めるタイプで、楓菜は外に放出するタイプ。表現方法は違うけど、仕事に対する根っこの熱量の部分は同じなのかも。というか、店長になって少しずつ似てきたのかもしれません(笑)


店長って、孤独じゃない
中川:お店はよく船に例えられますが、店長になって感じるのは、自分のお店はどこへでも進むことができるということですね。
恒光:それ、めっちゃわかるなぁ。
中川:私がblank号の船長だとしたら、きっと一番頼りないタイプなんです。でも、面倒見がいい子がいたり、前を見据える子がいたり、いろんな人がいてチームとして成り立っていて。以前よりも、店長になった今の方が仕事をしていて楽しいですね。
恒光:店長って全ての責任を負わないといけないイメージがあったんです。周りの人に「飲食大変やん」とか「店長ってしんどくない?」みたいに言われることもあるんですけど、自分一人ではなくみんなを巻き込みながら作っていける楽しさが魅力だと思っています。何より、私が一番アベックというお店が大好きだからこそ続けていけるのかなって。
中川:誰かに言われてやらされるんじゃなく、自分で舵を取る。店長である私だけではなく、その仕事の楽しさをスタッフにも感じてもらえるように頑張りたいですね。
恒光:週末になると70人ぐらいのお客さんが来てくださいます。全員とお話ができているかと言われたらそうじゃないけど、人が好きな私からしたらこんなに素敵な仕事はないですよ(笑)

「もう二度と来ない」と言われた日もあった
楽しそうに仕事の話をしていた二人だが、その笑顔の裏には人知れない辛さもある。普段はあまり語らない、こんな話も飛び出した。
中川:お客さまが楽しんでることが自分にとっての喜びでもあるんです。でもそれも、はじめからそうだったわけではなくて。だからこそ、働くみんなとの温度感の違いに悩むことも最初はありました。
恒光:20代前半の同世代スタッフが多いので、店長という肩書きがついたことで少しやりづらくなることは正直ありました。
“女性スタッフの多い立ち飲み”としてではなく「アベック」としてお客さまに愛してもらいたいし、そのためにもみんなにいかに楽しく働いてもらえるかは一番の課題ですね。

中川:提供が遅くなってしまったことに対してフォローができず、お客さまに「もう二度と来ぉへんわ!」と面と向かって言われたことが一番悔しかったことかもしれません。自分のなかで甘えが積み重なっていて、もしかするとどこか調子に乗っていたんだと思います。それからは、二度とお客さまにはそんな想いをさせないと心に決めました。

恒光:立ち飲みというお酒が入る場所なので、思いがけずキツい言葉をお客さんにかけられてしまったことは私もありますね。それでも飲食店を続けているのは、根本的に人が大好きだからなんだと思います。
ふるさとに帰ると、素に戻れる
オンとオフ、その両軸がしっかりと動いているからこそいい仕事ができるのかもしれない。二人が疲れたときにふと立ち返りたくなるのは、やっぱり“ふるさと”だった。
恒光:高知ってめちゃくちゃあったかい人が多くて、これが私の原点なのかも。誰でも温かく迎えてくれる、そんな接客をしたいなと思います。
ちなみに「ひろめ市場」っていう大人のフードホールみたいなお店があるんですけど、ここは高知らしさを物語る場所ですね。
中川:私、楓菜に連れて行ってもらったことがあるんです!高知の人ってみんなほんとに元気。深夜2〜3時くらいに、一緒に屋台でラーメンと餃子も食べたこともいい思い出です(笑)

恒光:トムソンの地元はどんな感じ?
中川:多可町は西脇の近くにある片田舎で、名産らしい名産がないところが、なんだか自分にも似てるかも(笑)
私も楓菜と同じで人が好きだけど、たまたま好きになった仕事が飲食なだけで。誰かを喜ばせたい気持ちに一直線に力を注げる、いい仕事やなぁと思う。
恒光:なんか、高知の田舎に帰ってリフレッシュしたくなった〜(笑)。船長としてみんなを巻き込みながら、地元みたいなあったかいお店を作っていきたいな。
似ていないようで、どこか似ている。二人の店長が描く航路は、これからどんな物語を紡いでいくのだろう。
