焼き鳥職人、パン屋に
弟子入りしてみた
炭火と向き合いながら焼き鳥を焼く『Timeless』の店長・増永大が、一日限定でなんとパン職人に弟子入り!?
焼き鳥とパン。ジャンルを越えて厨房に立つことは、まるで別のフィルターを通して世界をのぞくような体験。普段と違う舞台だからこそ見えた、新たな景色とは。
焼き鳥職人に舞い込んだ“潜入指令”!?
8月某日。テンチョーカイギ編集部による“テンチョーカイギ会議”にて、こんなやりとりがあった。
「店長がいつもと違う現場で働いたら、どんな学びが生まれるんですかね?」
何気ないひと言をきっかけに始まった今回の企画。突然の依頼にもかかわらず「いいですね」と快諾してくれたのが、焼き鳥職人・Timelessの増永だ。潜入先は、神戸三宮でこの夏オープンした人気店『Farm to Bakery バカンス』。
「もう20年前ぐらいになりますけど、実は最初に就職したお店がフランス料理のレストランやったんですよ。セクションごとに分かれていて、最初はパティシエからスタートしたので少しだけパンを焼いていたこともあります」
ただ、パン生地に触れるのは本当に久しぶりのこと。今現在の増永がパン屋の厨房に立ったら、果たしてどんな発見があるのだろうか? 期待を胸に、さっそくお店へ。

パンづくりは緻密な仕事の積み重ね
この日は、Timelessでも提供しているおなじみのバカンスのバゲットづくりにチャレンジすることに。先生役を務めてくれたのは、パン職人のベーカリーバカンス・村本店長。本日の頼れる師匠だ。

作業はまず、生地を300gずつに切り分けるところから始まった。


「久しぶりに生地を触ると、素直に楽しいです。でもやっぱりパンづくりはきちんと計量して、順序立てて進めていける人じゃないとアカンね。感覚派の自分には、ほんまに向いてないと思う(笑)」と、苦笑混じりに話す増永。
対する村本は、「俺は逆に、レシピに“少々”って書いてあったらバリ腹立ちますね。『少々って何gやねん!』って(笑)」。開始早々から、パン職人との違いが浮き彫りになってきた。
生地を休ませたら、続いては成形へ。
成形で光る、持ち前のセンス
バゲットは配合も形もシンプルだからこそ、ごまかしのきかないパン。
やわらかい生地を端から端まできっちりと均一に折るのはなかなか難易度が高いが、「大さん、うまいっすね」と、パン職人たちが褒めるほどの手際の良さ。


「伸ばすときは、生地を引っ張るんじゃなくて下に力を加えるように。無理やり伸ばしてしまうと表面がちぎれてしまうんです」

経験と持ち前のセンスで、かなりスムーズに成形が終了。次に待ち受けているのは、「クープ」という切り込みを入れる最大の難所だ。
最大の難所、クープにチャレンジするが…
バゲットの顔を決めるクープ。斜めに入れるようなイメージがあるが、縦に7本入れるのがポイントだという。
簡単なように見えてかなり難しい作業に、「え、なにこれ。難しすぎ…」と増永もこの表情。何本もチャレンジしてみるものの、少々手こずっている様子。

刃の当て方が難しく、どうしてもラインが斜めになってしまう。さらに、「このラインが重なるのは1/3くらいが理想。大さんは被せすぎですね」と村本がサポート。

芳醇な香りのバゲットが完成
そしていよいよ、生地をオーブンへ。
こんがりとした黄金色の焼き色と、バリっとした皮。水分が程よく抜けて見た目よりも軽く、不規則な気泡がある…など、おいしいバゲットにはいくつかの条件がある。


そしてこちらが増永のバゲット。スチームの具合により開きが悪いというのもあるけれど、仕上がりの違いが見た目でも明らか。改めて、パン職人の技の奥深さを実感した。

バゲットには、バカンスで育てている小麦を使った自家製酵母を使用している。そのおかげもあって、驚くほど芳醇な香りが口いっぱいに!


「うわ!これはめちゃくちゃおいしい。香りが良くて味が濃いのは酵母のおかげなんやね。うちはレバームースと一緒にバゲットをお出ししているんですけど、もっとバカンスのパンを前面にアピールするメニューがほかにあってもいいな。焼きたてのバゲットのおいしさに感動して、そう感じました」

「興味がある飲食店の店長にはぜひ一度パンを作りに来て食べてもらえたら嬉しいですね。やってみる価値があると思います」
そう話してくれたのは、増永の奮闘に駆けつけたル・クロワッサン・ド・バカンスの追中店長。スタッフの数だけ、新しい発見がありそうだ。

パン職人になってみた、今日の収穫は?
最後に、増永に率直な感想を聞いてみた。
「パン職人の仕事を見ていると、細かい計量から手さばき、仕事全体のデザインにいたるまで、本当に緻密な仕事の積み重ねやなと。どれだけ自分が感覚に頼って仕事をしているのかがわかりました。焼き鳥は刻一刻と火の状態が変わるから、そこは自分の感覚になってくる部分もあって。ただ、スタッフに仕事を伝えるうえではきちんと言語化する力が必要だと改めて思いましたね」

焼き鳥とパン。交わるはずのない職人同士が厨房を共にした一日。
そこで得た気づきは、きっとこれからの仕事を確実に豊かにしてくれるはずだ。

