【コラボ企画】
出張!日本酒の可能性を求めて
パティシエの元へ行く
『日本酒バル・米屋 イナズマ』の店長、清水龍生。タトゥー・長身・ロック好き。控えめに言ってもコワモテだ。唯一無二の存在感と頼れる仕事ぶりから“アニキ”と慕われている彼には、実はもう一つの顔があった。――それは“スイーツ男子”。
しかし、甘いもの好きを単なる“好き”で終わらせないのが店長たるもの。「日本酒とスイーツの可能性をもっと広げてみたいんです」。そう意気込む清水は、親交のあるパティシエの元を訪ねることに。


「日本酒とスイーツ、合うんじゃないかなって」
「しっかりと焼き込んだ焼菓子とか、食感に特徴のある甘いものが特に好みなんですよ。たとえばケーニヒスクローネのクローネ(中にクリームが入った看板商品)は子供の頃から大好きでした」。洋菓子の街・神戸生まれの清水にとって、老舗ベーカリーやパティスリーの名物はもはや母の味同然だ。
さらに、普段からお酒とスイーツをよく合わせるそうだ。“グミはほぼ果物”という持論のもと、香りのいいビールや白ワインとともに晩酌を楽しむこともあるという。

そんな無類の甘いもの好きが休日によく立ち寄るお気に入りの場所が、イナズマからも近い『coq (コキュー)1f』。フランスの焼き菓子や作り立てのデセール、スペシャルティコーヒーを提供するこちらのカフェで特にお気に入りなのは、ティラミスとカヌレだ。
「うちのお店では日本酒のいろんな楽しみ方を提案しているんですけど、スイーツと組み合わせるのもアリちゃう?と思ってるんです。今日はcoqさんに、僕が選んだ日本酒を持って行こうと思います。どんなペアリングが生まれるのか楽しみです」

凄腕パティシエとの日本酒セッション、スタート
coqでスイーツを手がけるのは、製菓専門学校で約10年間講師を務めていたという経歴を持つ小森さん。やわらかな物腰の、凄腕パティシエ店長だ。
「これまでの経験として、米粉のロールケーキにちょっとお酒を入れることはあっても、フランス菓子に日本酒をガッツリ合わせるのは初めてなんです。正直、全然イメージができてないんですけど(笑)、めちゃくちゃワクワクしてます」

食事の締めくくりにデザートとお酒を嗜むヨーロッパの文化。対して日本では、お菓子にお酒を合わせるシーンは少しずつ増えているものの、まだ日常的とは言い難い。しかも合わせるお酒が日本酒となれば、そのハードルが高いのも事実。だからこそ、日本酒文化を担う飲食店が率先して洋菓子と日本の酒を合わせてみるのは、ある種大きなチャレンジだ。
“日本酒らしくない”3本をセレクト!
清水が持ち寄ったのは、なかなか個性的な日本酒たち。
宮城県・一ノ蔵からは、白ワインや梅酒のような甘酸っぱさが特徴の「ひめぜん」と、世界3大酒精強化ワインの一つ・マデイラワインの製法を取り入れた、まろやかな琥珀色の「Madena」を。京都・木下酒造の「玉川 自然仕込み Time Machine」ビンテージバージョンは、江戸時代の製法で仕込む、日本版のデザートワインのような味わいだ。

「熟成感のあるMadenaと玉川は、ちょっと黒糖っぽいニュアンスも。ビターチョコやナッツ、バターの風味や焼き菓子の香ばしさと相性がいいのかなと。ブランデーやウイスキーのようなイメージで、ティラミスにも合いそうな気がしています」
一方、小森さんは白ワイン1種と赤ワイン2種をセレクト。
「バニラ香や樽感のある白ワインや果実味を感じる赤ワインと洋菓子の相性は間違いないかと。たとえばティラミスであれば、赤ワインの程よい果実感はベリーソースを添えるようなイメージですね」

琥珀色の日本酒が秘めたポテンシャル
まずは、お店で唯一のイタリア菓子であるティラミスから。
注文を受けてから目の前で仕上げる作りたてのティラミスは、何度も配合を変えながら完成させた名物。たっぷりのマルサラ酒やブランデーが香るとろりとしたクリームに、抽出したての濃いエスプレッソが響く、大人の一品だ。




「これ……もう、飲めるティラミスっすね。ほんまに最高です」。幸せが表情に溢れてしまう清水。

これに合わせた日本酒は、カラメルのような豊かな香りとまろやかな甘みが溶け合うMadena。「チョコ系に合いますね。エスプレッソの酸味ともバランスがよくて、甘さもちょうどいい」

「うわ、この組み合わせ、めっちゃいいですよ」
さらに心を掴んだのは、玉川 Time Machineとの組み合わせ。本当に日本酒?と疑ってしまうような濃厚な甘さと複雑な香りが、洋菓子に見事にマッチ。二人のグラスは止まらない。
「カヌレは、この中央に溜まってるシロップが一番好きなんですよ。外側はバリバリしてるけど、中はクリームみたいにレベル違いにしっとりしてて。一気に5個は食えますね」

ワインならタンニンを感じる赤ワイン、日本酒ならカリッと焼けた香ばしい外側の風味となめらかに調和する玉川Time Machineが二人の推し。「小森さんの作るお菓子は、甘さも食感もほんまちょうどいいんですよ。繊細に計算し尽くされているんやなぁと思います」と、改めてそのおいしさにも惚れ惚れ。
白ワインのような甘酸っぱい日本酒×焼き菓子
小森さんが「全てのお菓子の中で一番好き」と断言するのが、ガレットブルトンヌという郷土菓子。ザクザク、ほろほろ。小気味良い食感なのに中は水分を程よくたたえていて、贅沢なバターと粉の風味が広がる。

「これにはやっぱ白ワインでしょ」と、まずは二人ともシャルドネを一口。バターのリッチな風味が際立ち、文句なしの相性。
次に合わせたのは、白ワインにも似た「ひめぜん」。甘口のリースリングにも近い味わいがあり、イナズマでは日本酒が苦手な人にも人気の飲みやすい一杯だ。

「これ、焼き菓子系と合わせるのアリかもですね」と、二人とも驚きの表情。ところが、カヌレにも合うかと思いきや、カヌレの香ばしい風味がお酒に勝ってしまった。日本酒とのペアリングは奥が深い。
結論、日本酒とスイーツの可能性は?
あれこれ自由にペアリングを試してみたが、パティシエ視点で日本酒に合うお菓子とは?
「日本酒はお米からできているので、少し甘酸っぱいお菓子や、ムースやプリンなど水分の多い生菓子の方が合わせやすいのかなと。ロスのことも考えると、フランスでいうパルフェのような、冷凍したアイスムースなんかも良いかもしれません。多くの日本人はつい海外の文化を追っかけがちですが、自国の文化をもっと深掘りして新しく発信できる余白がまだまだあるんじゃないかなとこのペアリングを通して改めて思いましたね。日本酒って悪酔いするようなイメージがある人も多いですが、もっと身近なものになればいいなと」
日本酒という文化をどう受け継いでいくのか? そんな大切なことにも気付かされたこの日。清水はこう話を続けた。
「うちのイナズマのロゴは、紙垂(しで)がモチーフなんですよ。紙垂もまた、雷が多いと豊作になるという古い言い伝えから稲妻をモチーフにしていると言われています。日本酒を扱うお店として受け継がれたものを大切にしながらも、スイーツと合わせる提案をはじめとする新しい文化を作っていけたらいいなと思いましたね。お客さまや関わるすべての人に楽しんでいただきながら、イナズマが世の中に貢献できることがあるのかなと」

「ちなみに僕の中ではあんまり“店長感”を出さないことが自分のモットーなんです。店長だから偉いんじゃなくて、スタッフもお客さまもみんな平等。むしろ僕が下支えのような役割というか、周囲に人がいてくれてこそ店長が成り立っているんやなと思います」

和と洋、それぞれの文化を街に伝えるアツい店長たち。
新しい食文化を生み出すのは、お客さまと一番近い距離にある飲食店なのかもしれない。
coq 1f
焼き菓子のほか、こだわりが詰まった季節の一皿もおすすめ。オリジナルブレンドのコーヒーも人気で、ラテはエスプレッソの量を選べるのが嬉しい。お菓子の歴史にも精通し、卓越した技術と知識を併せ持つ小森店長。職人魂が光る、魅惑のスイーツをぜひ。
神戸市中央区下山手通4-7-11
12:00~21:00(火曜)
12:00~18:00(水・木・日曜)
12:00~22:00(金・土曜)
月曜休 (不定休あり)
