「失敗したらええやん」
人気ヘアサロン『shiomi H』
夫婦の挑戦哲学

「失敗したらええやん」
人気ヘアサロン『shiomi H』
夫婦の挑戦哲学

神戸の美容室が串かつ屋を始めた。この春、元町にオープンした『串かつBOB』。オーナーは、『shiomi H』グループの潮海さん夫妻だ。

美容室と串かつ屋。なんとも意外な組み合わせだが、そもそも二人の歩み自体が意外なものだった。美容師になるつもりも、独立するつもりもなかったというのだから。

いったいどんな二人なのか。まずは、その話から。

株式会社shiomi H代表の潮海達矢さん(左)と絵理さん(右)。現在はヘアサロンを8店舗、アイラッシュサロンを4店舗展開している

夫婦で美容室? そんなつもり、なかったのに

そもそも、二人はどうして美容師になったのだろう。聞いてみると、どちらの答えにも「母」が登場した。

高校時代、大学進学を目指して勉強に励んでいた達矢さん。ある日、母親がテレビで見かけた“カリスマ美容師”の話を持ちかけてきた。当時は空前のカリスマ美容師ブーム。知り合いの美容室でアルバイトをするうちに、次第にその世界に興味が湧いてきたという。

ところが、いざ美容師になると伝えると、まさかの猛反対。

達矢さん
達矢さん
いや、そっちが勧めてきたんちゃうん!って(笑)。でもどうやら、大学に行ってから美容師になればいいと思ってたみたいです。

それでも意志は変わらず、「クラスで5番以内の成績に入ること」という母からの条件をクリアし、奨学金を借りて大阪の美容学校へ。ちなみに、美容師になりたかった理由は「有名になりたい、モテたい」という、なんとも正直なものだったそう(笑)

一方の絵理さんは服飾の専門学校に通っていたが、「あまりにもおもしろくなかった」そう。一度区切りをつけたタイミングで、母が持ってきた美容学校のパンフレットをきっかけに美容師を目指すことになった。

絵理さん
絵理さん
私も全然、志が高かったわけじゃないんです。でも人をきれいにするのは好きやったし、じゃあ(美容師の道へ)進もうかなって。近所の一番近い専門学校に行きました。

そんな二人はやがて同じ美容室に勤め、結婚。仕事に打ち込み、お互いに独立は考えていなかったという。しかし、転機が訪れる。

当時、二人が勤めていたのは神戸の人気美容室。達矢さんはその会社をもっと大きくしたいと考えていた。一方で二児の母となった絵理さんは、結婚や出産を経ても女性が働き続けられる環境をつくろうと奮闘していた。ところが当時の環境では、子育てをしながら働く先例もなく、心身ともに厳しい日々が続いていたそう。

心配した達矢さんの勧めもあり、絵理さんは先に退職。その後、達矢さんも会社の方向性をめぐってオーナーと意見が分かれ、思いがけず独立することになった。美容師として働き始めてから、15年後のこと。35歳だった。

達矢さん
達矢さん
ちなみに、独立しても夫婦で一緒には働きたくなかったんですよ。でも人手がなくて……(笑)
絵理さん
絵理さん
夫婦経営なんて、うまくいくわけないと思ってました。私はかき集められたメンバーの一人って感じやったんですよ(笑)

独立にあたって最初に頭を悩ませたのが、店名だった。

相談したのは、お客さまでもあった名パティシエ・小山進さん。誘ってもらった新年会で、考え抜いた『W』という名前を自信満々に披露したところ、小山さんから返ってきたのは「潰れるわ」という容赦ない一言。「その名前やったら、別に二人の店じゃなくてもいいやん」と一蹴されてしまったそう。

「しかも元旦ですよ? ワイワイ楽しく飲んでたのに、名前を披露した瞬間に空気が一変して(笑)」と絵理さん。重鎮たちを巻き込んだ議論は深夜まで続いたそう。

その後たどりついたのが名字を使った店名だった。そこに、二人がずっと大切にしてきたHuman(人)、Heart(心)、Hair(髪)の頭文字「H」を加えることに。翌朝、小山さんにドキドキしながら報告。無事にお墨付きをもらえたという。

達矢さん
達矢さん
自分たちがずっと大切にしてきたことが、名前に入ってないとあかんってことやったんですよね。唯一無二の存在にならないと。

そんなすったもんだを経て、2015年に『hair & fashion shiomi H』として1店舗目が誕生。しかし、達矢さんにはすでに大きな目標があった。それは「5年で3店舗」。

店を増やすのは、スタッフの未来のため

独立するつもりもなかったのに、いざ始めるとなかなか強気な目標だ。しかも、それをスタッフたちにも宣言していたという。実際、最初の店舗に選んだのも、二人で切り盛りするには大きすぎるほどの物件。なぜ、そこまで店を増やすことにこだわったのだろうか。

達矢さん
達矢さん
スタッフの未来を考えたとき、1店舗だけじゃ無理やと思ったんです。あえて大きめの店舗にしたのも、「大きい箱じゃないと会社も大きくなれない」と考えてました。

美容師として経験を積み、今後30代、40代と年齢を重ねていくスタッフたち。一店舗だけで、果たしてその先の働き方やキャリアの選択肢を十分に用意できるのだろうか? 目先の店舗数ではなく、スタッフ一人ひとりの夢や将来を見据えていた。

「スタッフの未来を預かるのなら、3店舗、4店舗は必要だと考えていました。だから最初の5年間は過酷だと思うけど、『絶対に3店舗出すからついてきてくれ。それからたくさんワガママを言ってくれ』とみんなに伝えたんです」

2017年には2号店『UNHAIR by shiomi H』を、2019年には個室スパなどを備えた『shifukunotoki by shiomi H』をオープン。そして2020年には『10 by shiomi H』が誕生した。着実に店舗を増やし、創業から約5年で、当初掲げた目標を達成したのだ。

もちろん、道のりは平坦ではなかった。ただ、最初の5年間をともに走り抜けたスタッフたちは、今では各店舗の店長を務めるなど、会社の中心的な存在に。今では夫妻が何も言わなくても、「潮海さんやったらこうするはず」と、スタッフ同士が動いてくれるようになったという。

2020年のコロナ禍にオープンした『10 by shiomi H』。息子さんのアイデアから、「テンションを上げる」という思いを込めて名付けられた。
shiomi Hグループの中心として、2023年にオープンした5店舗目『H by shiomi H』。

5年で3店舗という目標を果たしたことで、「一旦、自分たちの責務を果たせた」と振り返る。そしてそこから始まったのが、次のステージ。今度はスタッフ一人ひとりの「やってみたい」を、会社として応援していく“第二章”へ進んだ。

そして実は、絵理さん自身にも、20年以上温めてきた「やってみたい」があった。

20年来の夢が始動 きっかけは、帰ってきたトム

それは飲食店を開くこと。なんと20代の頃から考えていたそうで、実は小山さんとの出会いにも、その夢が関係しているとか。

まだアシスタントだった頃、偶然お客さんとして来店した小山さん。お菓子好きの絵理さんが声をかけ、将来の話になった際に「飲食店をやってみたい」と伝えたことが親交のきっかけだったという。以来、小山さんからも「飲食はいつやるの?」と聞かれ続けてきたそう。

それから20年以上。ようやく夢を実現するきっかけとなったのが、かつてグループで働いていたスタッフのトムだった。

現在はBOBで店長を務めるトム(右)。トム視点でのエピソードや3人の馴れ初めは、また次回の記事で。

shiomi Hを退職してカナダへ渡り、帰国後に再び夫妻へ連絡したトム。「また一緒に何かしたい」。ただし、今度は美容師ではなく、別のことを。

絵理さん
絵理さん
私もずっと飲食店をやりたかったし、ちょうどいいタイミングやったんです。じゃあ一緒にやろうか!となったんですよ。

ところで二人にとってトムは、どんな存在なのだろう。聞けば、入社当時から「独特の空気感はあるけれど、礼儀正しい子」という好印象だったそう。その後は仕事だけでなく、プライベートでも親交を深め、夫妻の子どもたちともよく遊んでいたという。

達矢さん
達矢さん
トムは、“隠れ長男”みたいな存在ですかね(笑)

絵理さんにとっても、弟のような、息子のような、時には友達のような存在。もはや従業員という言葉だけでは表せない関係なのかもしれない。

カナダへ渡るときには、タイミングを相談し、一度きちんと退職する形で送り出した。帰国後の約束があったわけではない。それでも再び一緒に仕事をすることになったのだから、なかなか不思議な縁だ。

こうして2026年4月、神戸・元町にBOBがオープンした。もっとも、二人に飲食店の経営経験はない。絵理さんいわく、飲食業に関しては右も左もわからない“赤ちゃん状態”。店舗づくりは、「流行るお店より続くお店を」をテーマに、飲食店を手がけるファイブスクエアをはじめ、さまざまな人の力を借りながら進めていったそう。現在も定期的にアドバイスをもらいながらブラッシュアップを続けている。

ちなみに絵理さん考案の店名候補には、『ギトギト』や『油まみれ』なんて案が飛び出したらしい。採用されなくてよかった……のかもしれない(笑)
約1年にわたる物件探しの旅の末、ようやく見つけた元町駅北側の現在の場所。以前は自販機が置かれていた極小スペースだ。ヘアスタイルでもお馴染みのボブは、「小さなかたまり(=まとまる)」という語源を持つ。

美容室から串カツ屋へ。傍から見ると大胆な転身だけれど、絵理さんにとっては、ごく自然なことだったらしい。

絵理さん
絵理さん
私たちって、人を楽しませるパフォーマーやと思ってるんです。業種の垣根はないので、別に美容師じゃなくてもいいというか。

美容室で髪を切ることも、飲食店で料理を提供することも。誰かを楽しませるという点では、変わらない。

そして達矢さんにも、以前から思い描いてきた会社の姿がある。

達矢さん
達矢さん
Appleって、iPhoneもiPadもMacも、いろんなものが連動してつながってるじゃないですか。うちも美容室だけじゃなくて、いろんな業種がある会社にしたいんです。BOBは、みんなが集まる街のホットステーションになればいいなと。

美容室があって、アイラッシュサロンがあって、飲食店がある。将来は整骨院だっていいかもしれない。それぞれの事業がつながり、お客さんの暮らしの一部になっていく。そんな会社を、ここ神戸で育てていきたいという。

BOBができたことで、早くも新しいつながりが生まれている。絵理さんによると、何十年も会っていなかった友人たちが顔を出し、ちょっとした同窓会になることもしばしば。飲食業界の人たちとの出会いも増え、「こんな世界があったんや!」と驚く毎日なのだとか。もちろん、shiomi Hグループで働くスタッフも顔を出しているそう。

人が集まる場所をつくりたい。そんな二人の思いは、少しずつ形になり始めているようだ。

「失敗したらええやん」。二人が挑戦を続けられる理由

ヘアサロンを立ち上げ、店を増やし、今度は飲食業へ。次々と新しいことに挑戦してきた二人だけれど、そもそも失敗することは怖くないのだろうか。

達矢さんが大切にしているのは、とにかく行動すること。

達矢さん
達矢さん
やっぱりチャレンジ精神って大事やと思うんです。やるって決めたことを、とことん突き詰める気持ちがないと、周りを巻き込むこともできないですから。

考えているだけでは何も始まらない。まず動いてみる。そして、やると決めたら徹底的に。その一方で、達矢さんには意外な一面も。本人いわく「失敗したくないと思ってきた」のだそう。そんな夫の隣で、ずっと背中を押してきたのが絵理さんだった。

絵理さん
絵理さん
私はずっと、「失敗したらええやん。それであかんかったら、辞めたらいい」って言ってたんです。美容室を始めたときからそう。2店舗目、3店舗目も、「あかんかったら1店舗閉めたらええやん」って(笑)
達矢さん
達矢さん
そうなんですよ(笑)。ずっとそうやって言い続けてくれてましたね。

絵理さんは普段、仕事に悩むスタッフにも「嫌やったら辞めたらええやん」と伝えることがあるという。

絵理さん
絵理さん
だって、やってみないとわからへんじゃないですか。嫌やったら辞めて、次のことをやったらいいんです。別に死にはせえへんし(笑)

どんなことも、やってみないことには結果すらわからない。だからこそ二人とも「まずやってみる」ことに迷いがない。

そんなエネルギッシュな夫婦が始めた、小さな串かつ屋。カウンターに立つのは、かつて二人のもとで美容師として働いていたトムだ。美容師から串かつ屋の店長へ。彼はなぜ、まったく違う世界に飛び込むことになったのか。その話は、また次の記事で。

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