百名店と、まだ「30%」の新店舗
その間を行き来して見えたこと
「行きつけの店」は、どうやって行きつけになるのだろう。
料理が抜群においしい。家から近い。あるいは、会いたい人がいる。いろいろあるけれど、気づけば吸い寄せられるように暖簾をくぐってしまう店が、誰にでもあるはずだ。
では、店側は「なぜ自分たちの店が選ばれているのか」を、どれほど自覚しているのだろう?
今回話を聞いたのは、『路地裏スタンド アベック』の店長・恒光楓菜。
食べログの「立ち飲み 百名店」に選ばれたアベックと、まだまだ試行錯誤中の新店舗『Ready Steady Go!(通称レディステ)』。対照的な2つの店を行き来している恒光に、いま見えているリアルな景色を聞いてみた。

百名店に選ばれたアベック、次の課題は?
以前、テンチョーカイギの取材で恒光が口にした、こんな言葉が心に残っている。
「私が一番、アベックというお店が大好き」
店長という仕事を“船長”になぞらえながら、一人で舵を切るのではなく、スタッフ全員を巻き込んで店という船を動かす楽しさを話してくれた。
その取材からわずか1カ月後、アベックは食べログの「百名店 2025」で立ち飲み部門に見事選出。あれから約1年、店にはわかりやすい変化が訪れていた。
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blank パンとコーヒーとワイン / 路地裏スタンド アベック特に顕著なのが、新規客の急増だ。週末は15時開店だが、早い時間帯はあっという間に「はじめまして」の顔ぶれで埋まる。
「私は知らなかったんですけど、百名店ばかりを巡ってる人も多いみたいで。選ばれてからしばらくは『写真撮ってもいいですか?』と、飾っている盾やステッカーを撮る人もいました。みんな結構見てくれてるんやなってびっくりしましたね(笑)」

選ばれた直後はどこか他人事のようだった恒光も、目の前で繰り広げられるそんな“聖地巡礼”を前に、「そこまで期待を持って来てくださると思うと、ちょっと怖く感じる部分もありました」と、じわじわと心地よいプレッシャーを感じたと本音が漏れる。
とはいえ、長く愛してくれている常連客も変わらず顔を出してくれる。だからこそ、アベックに求められているのは、次へのフックだ。「新しいお客さんにリピーターになってもらうきっかけをつくるのが、いまのアベックに必要なのかなと思います」。
一方で、店の切り盛りそのものにもポジティブな変化があった。新店舗のレディステとの二刀流が始まり、恒光がアベックを不在にする日が増えたのだ。しかし、金曜や土曜といった戦場のようなピークタイムも、現場のスタッフだけで見事に営業を回している。
「私が入っていない日でも、忙しい営業をみんなが回してくれて。そこはすごく頼もしいなと感じます」
ただ、任せられるようになったからこそ、次に見えてきた難しさも。
忙しいなかでも、手を動かしながらお客さんに心を配ること。店全体を見ながら、その場にいる人同士を自然につなぐこと。いざ言語化してスタッフに教えようとすると、一筋縄ではいかない。これまで重ねてきたアベックらしい温かい営業スタイルは、決してマニュアル化できないからだ。
新しく知ってくれた人に、どうやってもう一度来てもらうか。そして、これまで恒光が感覚でやってきたことを、どうスタッフと共有していくか。
百名店に選ばれてさらに賑わうようになったアベックには、その先の課題が見え始めている。
Ready Steady Go! の達成率は、何%?
では、まだオープンから半年ほどのレディステはどう?と現状を聞くと、「シンプルに難しいです」と苦笑いが返ってきた。一番の課題は、やはり集客だ。
「認知してもらうまでの過程に、意外と時間がかかるなぁって。羊がまだ浸透していないこの街に、スタイリッシュなアイランド型のカウンター。いわゆる“店の人に会いに行く”立ち飲みとも毛色が違いますし、入るのに少し身構えちゃうのかもしれません」

とはいえ、一度そのハードルを越えてやってきた人の反応には、確かな手応えがある。しっかりと食事を楽しむ、店側が思い描いていた「理想の過ごし方」を、お客さん自身が体現してくれている。
では、理想を100%とするならば現状の達成率はどのくらい?
そう尋ねたとき、彼女の口からぽろりとこぼれた数字は「30%」だった。
羊を軸にしたスパイス料理は、間違いなくこの店の看板でありアイデンティティだ。実際に足を運ぶお客さんも、羊好きが多い。
だけど、ラムを全面に押し出しすぎれば“羊マニアの専門店”に見えて入口を狭めてしまう。かといって、万人受けを狙ってどこにでもある立ち飲みメニューに寄せてしまえば、わざわざこの空間をつくった意味がない。
だから、ラム以外の変化球メニューを潜ませてみる。100円サワーという気軽な口実を用意してみる。少しずつチューニングを変えては、現場のリアクションを観察する日々だ。
「もうほんま、なんでもやってみるしかない!という感じです(笑)」

そして、噛み締めるようにこう続けた。
「0から1をつくるのって、ほんまに難しいですね。1から2をつくる方が、比べものにならないほど簡単なんだなと痛感しています」

繁盛店のメソッドは“コピペ”できない
すでに多くの客で賑わうアベックを任されている恒光なら、そこで培ったノウハウをそのまま横展開すればいいはず。そんな単純な正解を思い描いてしまうけれど、実際に2つのカウンターを行き来してみると、現実はそう甘くなかった。
「アベックでこれができたからレディステでも同じ。というのは、違うなって」
同じ立ち飲みというフォーマットであっても、立地も、皿の上の料理も、集まる客の空気感もまるで違う。複数のことを同時進行するのが苦手という恒光自身、この2店舗を同じ目線で見ていたときは頭がこんがらがっていたそう。そしていまは、まったくの「別物」として切り離して捉えているそうだ。


未完成のレディステに立ったからこそ、すでに時間を重ねていたアベックでは見過ごしていた初歩的な問いにハッとさせられる瞬間も増えた。
「レディステに立っていると、『この人はなんで今日、うちを選んで来てくれたんやろう?』って、理由がめっちゃ気になっちゃうんです。アベックにいる時は、正直そこまで深く考えたことがなかったんです。どうして今まで、そこに対して何も思ってなかったんやろう?という気づきがありました」
お客さん一人ひとりの動機と向き合うようになってからは、アベックでも「今日って何を見て来てくださったんですか?」と自然に声をかけるようになった。

繁盛店の成功法則を、そのまま新しい店へ“コピペ”することはできない。けれど、まったく違う毛色の店に立ったからこそ、これまで空気のように当たり前だった光景が、まったく違う意味を持って見えてくる。レディステでの泥臭い試行錯誤は、看板店長としての彼女の視界を、より一層クリアにアップデートさせているのかもしれない。
30%の先にある景色を想像すると、ワクワクする
ここまでレディステの壁の厚さを語ってきたけれど、恒光の口調に悲壮感は微塵もない。 むしろ、いまが「30%」だからこそ、その先に待っている逆転劇に心を踊らせているように見える。
「逆に苦しい現状を経験できているからこそ、ここから挽回できたときのことを考えるとワクワクするというか。自分たちが満足できる100%の場所まで持っていけたときの景色を思い浮かべると、楽しみです」
かといって、壁にぶつかったときに「まあ、なんとかなるでしょ!」と勢いで突き進むタイプでもない。 頭の中が散らかったとき、恒光はノートとペンを取る。きれいに箇条書きで整理するのではなく、脳内の思考をそのまま紙の上にバーッと殴り書きしていくそうだ。
「思ってることや気づいたことを、とにかく一度全部書き出すんです。それからジャンルごとに分けて整理していく感じ。最初からきれいに箇条書きにしようとすると、なんか脳みそが回転していない感じがして(笑)」
そこまで吐き出しても答えが出ないときに、初めて信頼できる人に相談を持ちかける。それも、かなり限界ギリギリまで自分の頭で考え抜いてからだ。 実のところ、恒光自身は「めちゃくちゃ失敗するのが怖いタイプ」。自分の中で腹が決まれば行動は最速だが、迷っている間は慎重になりすぎて足が止まってしまうこともある。
そんな慎重派の店長を、現場で加速させているのがスタッフの北崎だ。 北崎は「思い立ったらすぐ形にする」圧倒的なプロトタイプ思考の持ち主。月替わりメニューや100円サワーといった仕掛けをテンポよく現場に投げ込んでは、客のリアクションを探っている。

「私がわーって散らかしたものを、後からふうちゃん(恒光)がきれいに整えてくれる感じです」。それを聞いた恒光も、「だからちょうどいいんですよね。お互いの性格が真逆だからこそ、すごくいいペアになれてると思います」と笑顔を見せる。
もちろん、最初からポジティブに試行錯誤を楽しめていたわけではない。 「お客さんが全然来ない日に、ガチへこみすることはない?」と突っ込むと、北崎からは「そんなん、ほぼ毎日です(笑)。でも、もう乗り越えて切り替えられました」という意外な本音が返ってきた。
ある夜はとうとう営業後に涙を流し、周りの人に慰められたこともある。「30%」という数字の裏には、そんな泥臭く悔しい夜がいくつも隠されているのだ。

それでも2人は立ち止まらずに少しずつ新しい企てを放ち、目の前の課題と真っ直ぐ向き合い続けている。
数字がついてこなければ当然プレッシャーはある。 だが同時に、彼女は「静かに見守り、信じて任せてくれている」という周囲の懐の深さも、背中に強く感じている。
「プレッシャーはありますけど、ちゃんと守られてる安心感もすごくあります。『今は見守ってくれてるんやな』って伝わってくるので。こういう経験をさせてもらえていることがありがたいですね」
若いメンバーに託された、生まれたての新店舗。 だからこそ、いつも温かく見守ってくれる会社のリーダー陣にも、いつか「おっ、やったな!」とハチマキを締め直させるような成果を見せつけたいという。

百名店として輝く『路地裏スタンド アベック』と、まだ暗中模索の『Ready Steady Go!』。 見えている景色は対極的だが、恒光にとって「30%」は決してネガティブな数字ではない。
ここから自分たちが思い描く100%までたどり着けたなら、どんなにおもしろいだろう。その最高の瞬間を想像できるからこそ、今日もワクワクしながら、お客さんを喜ばせるための仕掛けを練り続けている。
