2025年9月、神戸でほぼ同時に店長になった二人がいる。
『天麩羅ノ稲妻』の大津 厳と、『The AVERY’S IRISH PUB』の穐山駿平。
飲食一筋の大津と、ほぼ未経験から飛び込んだ穐山。
任されたのは、オープンから5年目の立ち飲みと、来年で20周年を迎えるアイリッシュパブだ。
キャリアも、店の歴史も、まるで違う。
そんな二人が同じタイミングで店長になった。
あれから、まもなく1年。
店長1年目、実際どうだった?
凸凹な二人の現在地
僕は本当にほぼゼロからのスタート。掃除とか仕入れとか、基本的な部分もわからないことだらけで。お客さんにもアルバイトさんにも、とにかくいろんな人に支えてもらった1年でした。
でも、未経験やのにすごいなと思います。僕は調理科の高校を出てるし、今までずっと飲食なんですよ。
17歳で飲食のアルバイトをした時なんて、「水持って来い!」って言われても意味がよくわからず、怒鳴られてましたから。
『The AVERY’S IRISH PUB』にて。「僕から見た駿平は、これと決めたら、その間に何が起ころうとも突き進むようなイメージ。僕はしょっちゅう、立ち止まっちゃうタイプです(笑)」
駿平みたいに一気に人生が変わったというよりも、これまで歩いてきた道の延長に今があるっていう感じで。やっぱり人と接するのが大好きなのでずっと楽しいけど、一日の売り上げに一喜一憂しちゃうところはあるかな。でも、周囲のみんなに支えられてます。
……てか、なんか改めて思うけど、駿平って、いつもキラキラしてるよね。
厳君に会いに店に行ったら、「(眩しくて)電球じゃないすか?」って言われるんです。この謎のワンクッションを挟んで会話が始まるのが、お決まりになってますよね(笑)
確かにキラキラしている穐山。「僕から見た厳君は、懐に入るのがうまい人ですね。お客さんがとにかく楽しそうだし、お店に対しての真面目な思いも伝わってきます」
店長1年目の壁
せっかくだから、順調だった話だけではなく、店長1年目の生々しいところも聞いてみたい。そう思って、店長をしていて辛かったことを尋ねてみた。
「ないんかーい」と言いたくなるところだが、どうやら本当にないらしい。
ならば、と「心がポキッと折れた瞬間はある?」と聞いてみても、大津から返ってきたのは、こうだった。
どうやら今回の記事は、「苦悩と挫折の店長1年目」にはならなさそうだ。
とはいえ、すべてが順風満帆だったわけではない。
特にうちの場合は、アルバイトさんの方が歴でいうと先輩なんですよ。僕が店長として入った時点で、すでにある程度働き方が固まっているわけで。その中で、「ここ、もうちょっとこうしてほしいな」と伝えるのがすごく難しいなと思います。
めちゃくちゃ共感できます。僕はどうやら、誰かに教えるっていうのが得意じゃないみたいで。そこは毎日のように悩んでる感じです。うちの場合は、海外出身のスタッフも多いですし。
さっき「心が折れたことはない」って言いましたけど、目の前にあるのは乗り越えるべき課題やなと思えたし、同じように奮闘する店長陣もいたからかなと思います。
たとえば「掟の文章」という店のコンセプトを自分で再設定したんですけど、一人で思考に潜るから孤独ではあるんです。でも、僕はすごく好きな作業でした。なかなか簡単に答えにはたどり着けないけど……。
店のコンセプトを作るのは、目に見えない音を言葉にしていくような作業だ。
あ、そういえば。
これは僕ならではの話なんですけど……実は、長崎の方言が全然抜けなくて。
「僕のニュートラルは長崎弁なんです」
はい。なぜか、方言は喋らない方がいいなと自分の中で思っていて。
だから神戸にいるときは頑張って標準語で喋ってるんですけど、これがめちゃくちゃ苦手なんですよ!
長崎弁なら、仕事でももっとうまく伝えられるんじゃないか?と思ったり(笑)
実はそんなもどかしさもありますね。
このパブには日本語を勉強中の海外スタッフも多い。実は“もどかしい同士”でコミュニケーションしているのかも?
思いがけない方言話で盛り上がったあとは、場所を『天麩羅ノ稲妻』へ移すことに。
数字の向こうに、お客さんがいる
売上、人件費、仕入れ、原価率。
店長になると、店の数字が一気に自分ごとになる。
月に2回の店長ミーティングがあるんです。最初の頃はただ「何曜日が忙しくなった気がする」みたいな動向を羅列するだけだったんですけど、数字から世の中の動きを推測する訓練ができてきたかなと。
バックオフィスでサポートしてもらってる部分もあって、数字でめちゃくちゃ混乱したことはまだ正直そこまでないんですよね。
ただ、人件費とか仕入れに関してはある程度均すことはできるけど、「このペースでいったら、今月ちょっとヤバいぞ」みたいなドキドキ感はあったりします(笑)
「夜、片付けをしているときに数字を見てハッとすることはあります。寝たらリセットされるんですけどね(笑)」
そういう点で言うと、僕はそこまで細かく数字を追えてないかもです。
本当に正直なところを話すと、発注するときはパーセントより、とにかく樽を切らさないことに気を配ってるかも。
だってうちに来てギネスが無かったら、お客さんは絶対に冷めちゃうので。そこだけは絶対です。
さて、2年目はどうする?
僕が店長になってから大きく変わったのは、より天ぷらを気軽なものにできたことですかね。天ぷら1つからでも、楽しんでもらえるようになりました。
お客さんからは、「お店がキレイになった」と言われることも多いです。カウンターの上の食器も取っ払って広くしたことで、過ごしやすさはアップしたかなと。
僕は、ワールドカップ中の営業に手応えがありました。系列店の『ベーカリーバカンス』に特別にパンを用意してもらったり、前もってインスタや店内で告知をしていたからか、早朝にもかかわらず店内がパンパンになりました。
最近は20代のお客さんも増えつつあって、常連さんと肩を並べているのを見るのも嬉しいですね。
店をより気軽に楽しめる場所へ。長く続く店には、新しい人や時間を。
同じ1年間でも、それぞれが積み重ねてきたものはずいぶん違う。
店としては5年目。スタッフがステップアップできる環境も作りたいです。ドラッカーの社内読書会にも参加しているので、そういったマネジメントスキルを少しずつでも活かして、なにかいい変化を生めたらと。
愚直にやっていくスタイルを続けていきたいですね。
来年でお店が丸20年なんです。20年間ずっと同じ人が立っているお店じゃないので、そういう意味では変化し続けているお店でもあるのかなと思います。常に新しさを取り込む姿勢は変えずに、この20年の歴史の重みを付加価値として伝えていきたいですね。
そして、ここまで聞いていてひとつ気になった。そもそも、「店長」ってどんな存在?
どこかのお店の店長の話をするときに、「どこどこの誰」と話題に上がることって多いと思うんです。僕、それって結構有名人っぽくていいなと思ってて(笑)
実際に街で知り合いも増えたし、街の顔として自分を知ってもらえるのって楽しいなと思います。
確かに。僕は「あそこの坊主の子」って呼ばれたりしてますけどね。
トアウエストで一番の坊主になろうと思います(笑)
役職として店長になる。それだけではなく、少しずつ「あの店の、あの人」になっていく。
それも、この仕事のおもしろさなのかもしれない。
そして最後に、店長1年目を100点満点で自己採点してもらった。
満点ではないけど、赤点でもない。
62点と70点。この続きは、店長2年目のお楽しみということで。