トムソン、田舎に帰る
ふるさとを巡って見えてきた
blankのこと

blank パンとコーヒーとワイン

中川 実香

トムソン、田舎に帰る
ふるさとを巡って見えてきた
blankのこと

『blank』の店長、中川実香。通称・トムソン。
彼女には、今でも毎月のように帰る場所がある。兵庫県のほぼ中央に位置する、ふるさとの多可町だ。

「帰ると、チューニングされる感じがするんです」

…チューニング? 一体どんな感覚なんだろう。
気になったテンチョーカイギ編集部も、ちゃっかり彼女の帰省に同行してみることに。

母とよく待ち合わせする喫茶店、思い出の母校、なぜか吸い寄せられる神社、いつもの田園風景。
ゆかりの地を巡るうちに見えてきたのは、この場所に帰ってくる理由だけではなかった。

自分を整えてくれる場所を持つ中川が、blankをどんな空間に育てようとしているのか?
ルーツをのぞきながら、その現在地を探る。

月に一度の「チューニング」

まずやってきたのは、西脇市にある喫茶店『キャロットハウス』。帰省すると、たびたび立ち寄るのだとか。

ログハウス風の外観がかわいい、親子3代で営む人気の喫茶店。取材時も次々とお客さんが訪れ満席に!

「母に迎えに来てもらうとき、“ここで待ってるわ〜”って連絡するんです。神戸に戻るときも、電車まで時間があったらここでごはんを食べたりします」

行きも帰りも、ここがひとつの待ち合わせ場所になっている。
そもそも、中川の言う「チューニング」とはどんな感覚なのだろう。

「働いていて悩んだり疲れたりしたときに、ふるさとに帰るとリセットされる感じがするんです。自然に囲まれて、家族や犬に会ったりするのがルーティンです」

とはいえ、ここに来ればblankのことを完全に忘れるのかというと、そんなことはない。
むしろ喫茶店で雑誌を読み、リラックスしているうちに仕事のアイデアが浮かぶそう。「あ、これいいかも」「帰ったらやってみよう」と妄想が膨らみ、「早く神戸に戻って試さないと!と思うんです(笑)」

実家に着いてしまえば、本人いわく「完全オフ」。でも、その一歩手前ではまだ少し、店長モードが残っている。

いつも注文するメニューの「焼いたサンドイッチ」。ボリューム満点!
ドリアやグラタンも名物。スパゲティやカレー、デザートにいたるまで、豊富なメニューはどれもホッとする味わいだ

キャロットハウスをあとにして、いざ実家のある多可町へ。
車窓に見える山や田んぼを眺めながら、昔からある店や学校、よく通った道の話を次々と教えてくれた。

その途中で立ち寄ったのが、パワースポットとして知られる青玉神社。『道の駅 杉原紙の里・多可』のすぐ向かいにある、巨大な杉の木々に囲まれた神社だ。

「母を道の駅に迎えに来たときなどに、吸い寄せられるようにここに来ます。風がサーっと通り抜けていて、すごく静かな気分に。私のパワースポットです」

県指定文化財の大杉は、境内に7本。高さ50〜60m、根回りは8-11mほどで、樹齢は約1000年といわれているそう

特別な理由があるわけではないけれど、ここに来ると少しぼんやりして、また頑張ろうと思える。
何百年、何千年とそこに立っている木々を見上げながら、また「チューニング」という言葉が出てきた。

中川にとって地元に帰ることは、ただ休むこととは少し違うらしい。いったん自分をニュートラルな位置に戻す、そんな時間なのかもしれない。

母が知る、昔の顔

せっかくふるさとまでやってきたのだから、彼女を一番昔から知る人にも話を聞いてみたい。 そうして尋ねたのが、中川のお母さんだ。幼い頃の写真を見せてもらいながら、まずは「どんな子でしたか?」と尋ねてみた。

勤務中、少しお時間をいただきお話を聞かせてもらった
勤務先のレストランにて。名産の「播州百日どり」を使った料理はどれも美味。日本一の酒米「山田錦」の母品種である山田穂が生まれた山田錦発祥の地でもあり、炊き立ての白米も最高の味だった

「2、3歳の頃は、男の人が全然ダメだったんですよ。小学校高学年ぐらいから活発になって、今でも続く仲良しの友だちがいるみたいです。中学生で生徒会に入ったときは意外でしたね。おとなしいのに、大丈夫?と思ってたんですけど、(選挙に)通っちゃって(笑)」

3姉妹の末っ子。右は、多可町で年に1度開催されていた料理コンテストでの母娘写真

さらに、高校時代は通学のバスに間に合わず、毎朝母が車でバスを追いかけるような“カーチェイス状態”だったことや、短大進学の際に苦い思いをして号泣する様子に「そんなに泣く子だったとは」と驚いたエピソードも。

話を聞いていくと、現在の中川に通じる面影が浮かんでくる。 普段は穏やかで、感情を荒らげるタイプではない。お母さんの記憶でも、怒って言葉をぶつけるようなことはあまりなかったそうだ。

その一方で、「でも、一度決めたことは曲げない子ですね」と一言。 社内でも密かに囁かれている“中川頑固説”。その片鱗は、子どもの頃からすでに現れていたのかもしれない。

そんな中川は今も毎月のように実家へ帰ってくるが、母親としてはどう感じているのだろう。

「帰ってくると、家の中にちょっと違う空気を入れてくれる感じかな」

娘が着ている服やバッグを見て「こんなふうに着こなすのね」と知ったり、普段は行かないようなお店へ一緒に出かけたり。自分では選ばないもの、訪れない場所を、中川が運んできてくれる。 そうしてまた、次に帰ってくる1か月後を楽しみに待つ。

中川は多可町に帰って自分をチューニングする。 けれど、帰ってくる彼女もまた、実家に少し新しい風を吹き込んでいるようだった。

母娘の温かな会話をあとにしてやってきたのは、中川の母校・加美中学校。2026年3月末で閉校したばかりだ。

「中学校には、思い出がいっぱいありますね」

佇む建物を前にすると、当時の記憶が次々とよみがえってくるという。 体育祭が大好きで、誰よりも勝つ気で挑んでいたこと。生徒会に入ったこと。小学生の頃までは、人前で発表することすら苦手だったこと。

中学校に入った途端、それまでの自分を脱ぎ捨てた。 出席番号を呼ばれれば男子に負けない大声で返事をし、人前にも積極的に立つ。少しずつ変わったのではなく、「完全に切り替えたんです」とのこと。

原点を巡るなかで見えてきたのは、この中学校こそが、今の中川をつくる大きな転機だったという事実だった。

「近くにコンビニがあったんですけど、職員室から丸見えで。買い食いをしたら、すぐに呼び出されてました(笑)」

blankは、どんな場所になっていく?

中川が地元を離れたのは、高校卒業後のこと。 田舎が嫌いだったわけではない。けれど、山に囲まれて育ったからこそ「街に出たい!」「海が見たい!」という素直な憧れがあったらしい。

ところがいざ外の世界へ飛び出してみると、待っていたのは激しいホームシック。離れてみて初めて、地元の人のあたたかさや、いつでも帰れる場所があるありがたさに気づいたという。

「地元があるから、神戸でも頑張れてるというか。帰ってくる場所があるっていうのは、本当にありがたいと思えるようになりました」

そんな中川が「地元で店をやりたい」と考え始めたのは、テレビ番組制作会社の小道具の仕事を辞め、半年ほど実家で過ごしていた頃のこと。友人にも「多可町で店をやってよ」とはやし立てられていた。

「そのとき、よく家の近所を散歩していたんです。『あぁ、こんな場所にお店があったらいいな』って」

実家のすぐ近くには絶景が
「こんな場所でお店ができたらいいなぁと思っていました」


いつか地元に飲食店をつくりたい。自分の店を持ちたい。
けれど、blankを任され、店長として店を育ててきた今。「独立したい」という気持ちは、実は以前ほど強くなくなったという。

夢を諦めた、というわけではない。
むしろ彼女の話を聞いていると、関心が次の一歩へシフトしてきたように見えた。

そんな話をしながら、多可町の田んぼの中を進んでいく。
中川が案内してくれたのは、今は使われていない建物が残る一角。

中川が小学生の頃には、おじさんが車の整備工場として使っていたそうだ。ここ10年ほどは稼働していないという。周りには田んぼが広がり、建物の前にはかなりのスペースもある。

もちろん、実際にここに店舗をつくる計画が進んでいるわけではない。 けれど以前なら「自分の店を」と思い描いていた場所に、今の彼女は「ここにblankがあったら」と想像を重ねている。その変化が、なんだかとても興味深い。

では、中川は今、blankをどんな空間にしていきたいのだろう。今回の取材中、彼女の口から何度も繰り返し出てきたのが「場所」「空間」という言葉だった。

今のblankには、「わざわざ行ってみたい」と遠方から足を運んでくれる客も多い。それはもちろん、心から嬉しいこと。 その一方で中川は、自分がキャロットハウスを訪れるように、もっと日常に寄り添う存在になれたらとも考え始めていた。

「メニューを安易にカジュアルにする、ということではなくて。訪れる場所として、時間を過ごす場所として、もう少し身近な存在になってもいいのかなって」

さらに、こう続ける。

「近くに住む人が『ここ、私の場所やねん』って誇らしく思ってくれたり。『ここがあってよかったな』って感じてもらえたら、すごくすてきだなって」

一度訪れてくれた人が、どうすればまた行きたいと思える空間になるのか。最近は、そんなことばかり考えているという。

かつて多可町の風景を歩きながら、中川が抱いた「ここに店があってほしい」という願い。そして今、blankに対して抱いている「ここがあってよかった」と思ってもらえる空間にしたいという思い。

中川が思い描く未来は、少しずつ新しい形へと向かっているようだった。

——この日の取材では、そんなふうに見えた。

誰かにとっての、帰る場所へ

一日かけて多可町を巡り、神戸へ戻る車の中。 中川が、最近になって少し変化したという地元への思いを語ってくれた。

多可町でも少子化が進み、思い出の母校もすでに閉校している。 いつか町そのものが、今の形ではなくなっていくのかもしれない。 以前の中川は、それに対してもどこか「時代の流れだからしょうがないのかな」と思っていたという。

そんな気持ちが大きく変わるきっかけになったのが、実家で見つけた一冊の手記だった。そこには、祖父の戦争体験が綴られていた。

幼い頃、中川は祖父本人から戦争の話を直接聞いたことはなかったそうだ。けれど手記のページをめくるとそこには、命の危機に直面したとき、ふるさとの景色と両親の顔が真っ先に脳裏に浮かんだ、と記されていたという。

「それを読んでから実家に帰ると、『この景色は、おじいちゃんが死の淵で思い浮かべた景色なんや』って感じるようになったんですよね。なんてことない景色だけど、おじいちゃんにとっての大切な景色だったんやと思ったら、やっぱり守りたいなって思います」

同じ景色であっても、そこにどんな人の記憶や時間が重なっているかで、持つ意味は全く変わる。中川にとっての多可町も、ずっと身近にあったからこそ、そのかけがえのなさに気づいたのは一度離れてからのことだった。

取材から数日後。 中川から一通のLINEが届いた。

『先日の旅の中でお話ししたことから、変わったというか、新たに気づいたことがあって……』

取材の日、中川はblankについて「もっと身近な場所になれたら」と話していた。けれど、取材後に改めて考えを巡らせてみると、『やっぱり実際は、blankは少し特別な場所だ』と感じたそう。そう思うきっかけになったのは、あるお客さんの存在だった。

神戸出身で、現在は千葉で暮らしているというその人は、帰省するたび年に2、3回ほどblankを訪れるのだという。 普段は仕事に追われ、つい限界まで頑張ってしまう。そんな日常から少し離れてblankで時間を過ごすと、自分の中に余白が戻ってくる。そしてまた「明日から頑張ろう」と、自分の日常へ戻っていく。

毎日通うお店ではない。家のすぐ近所にあるわけでもない。それでも、年に数回訪れるblankでの時間が、その人の日々を支えている。

人によって距離感も、訪れる頻度も違う。毎週のように訪れる人もいれば、数カ月ぶりに足を運ぶ人もいる。
だから最近のblankでは、「季節の移ろい」や「小さな変化」をこれまで以上に大切にするようになったという。

数カ月ぶりに訪れた人が、「あ、前に来たときと少し雰囲気が違うな」「もう秋なんだな」 と、自然と感じてもらえるように。
頻繁には会えなくても、帰ってきたときにちゃんと時間の重なりを感じられる場所。それはどこか、中川と多可町の関係性にも似ている。

神戸で働き、壁にぶつかったり疲れたりした中川は、月に一度、多可町へと帰る。
豊かな自然や家族、変わらない景色の中で少しずつ自分の感覚を取り戻し、また「やってみよう」と前を向いて神戸へと戻っていく。

そして同じようにblankにも、年に数回だけ訪れ、心に余白を取り戻してまた自分の日常へ帰っていく人たちがいる。

取材の冒頭、中川が口にしていた「チューニング」という言葉。
一日かけて彼女のふるさとを一緒に巡り、後日一通のLINEを受け取って、ようやくその言葉の本当の意味が分かった気がした。

自分に戻れる場所があること。そして、そこからもう一度、自分の日常へと踏み出す力を得られること。

中川には、多可町がある。そして誰かにとっては、blankがそんな「帰ってくる場所」になり始めているのかもしれない。

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